歯の美しさとはいったい何を意味するのでしょうか。

また、人に何を感じさせるのでしょうか。

歯に関連した記事や書物では「明降倍歯(澄んだ瞳と白い歯:美人の条件といわれる)」という言葉を引用し、理想的な口腔内の状態、あるいはそれに関連した人間の心理を解説するのが定石のようです。

つまりは「白く美しい歯は、他人に対する印象を決定づける重要な要素のひとつであり、可能ならそうなりたいと誰しも感じている健康と美の象徴」と結論づけているだけのことです。

しかし、ここでは”書き顧”さえ重量しい四字勲語の引用ではなく、人類学的な見地から「続くばかりの白い歯」のもつ意昧について考えてみましょう。

「歯」は生命力の象徴

人間の歯は唇とともに、切り裂く・噛み砕くという咀しゃく機能、そして発音・発声・表情の一部というコミュニケーション機能を担っています。

身体の一部として口の果たす役割は多く、ヨーロッパでは「口は顔の戦場」といわれるほです。

一方、動物の歯は咀しゃくのためだけでなく、感覚器官の一部あるいは敵と闘う武器として、また獲物を捕らえる際に不可欠です。

歯の存在は、生きるための道具としての意味合いのほうが大きいといえます。

野生の動物が歯を失うことは、即「死」に直結する大問題です。

動物社会には歯医者もいないし、養護施設も存在しません。

ですから、「白く立派な歯」は強い生命力の象徴として、その存在が誇示されることになるのです。

しかし、人間の口は動物のような感覚器官としての機能を失って久しく、口で未知の物を確認するという行動は赤ん坊だけで、普通は手あるいは指先の触覚により判別します。

ですから、人間の歯や口は感覚器官としてよりら、他人に対する印象づけ、生命力や知性の表現という役割のほうが重要だといえるでしょう。

それに付随して、男性は角張った歯で還しさや力強き、女性は丸みを帯びた歯で優しさといった性的要素をも示し、口元はセックスアピールの重要な一部分になっています。

動物はアピールが重要

自然淘汰と突然変異の積み重ねにより進化してきた生命体、そのDNAには常に他よりも長けた強い個体を捜し求める能力が先天的にインプットされています。

たとえばニューギニアに生息する極楽鳥の例をみてみましょう。

雄鳥は求愛の激しいダンスで有りあまる体力と敏捷さを表現し、雌鳥は優れた雄だと認めれば受け入れます。

保護色を有することも、武器もないこの種を絶滅させぬよう、天敵から身を守るには体力と敏捷さが必要だからこそ、より優れた相手とペアになるのです。

これは極楽鳥が思考した末の結論でも慣習でもなく、種の発生以来DNAにインプッ卜されている情報の一部といえます。

人類は一OO万年を超える進化の過程で、常により強靭な肉体、より高い知能、十分なエネルギーを子孫に伝えることにより、地球上で最強の生命体となりました。

やはり、そのDNAには、より優れた異性を感知するセンサー、それも飛び切り性能のよいセンサーを身体にセットさせるべく情報がインプットされていま
す。

この機能により、身体の各部分が相手に送る基本的な信号を直感により選別するのであり、分析に基づく訳ではありません。

つまり、「美しい歯への礼賛」は人間としての優秀ちを尊重することにほかならず、無意識に人類が「より良い子孫」を残そうとする自然の仕組みが、端的に現れたものだといえるでしょう。

歯に対する価値観は画一化の方向ヘ

歴史的な視野から「白い歯への憧れ」をとらえると、それは近代になり突然脚光を浴びはじめた社会現象ではありません。

紀元前3世紀の古代ギリシャでは、テオフラスタスという人が当時の美徳について「髭を頻繁に剃ること、歯が白いこと」と書き残しています。

また、イスラム教の創設者マホメットは、予言警の中で「口の中をきれいにしなさい。それはとりもなおさず神を讃えることである」と語ったとされています。

西ヨーロッパでは、旧世紀にフランスの外科医ギ・ド・ショウリャクが歯の磨き方についての記述を残しています。

近代になり、西欧で「輝くばかりの白い歯」が常に美の象徴として尊重されたのに対し、異文化のもとでは歯に関する価値観も異なっていました。

たとえば、最近は観光地として人気が高まっているバリ島では、大人になりたての若者の犬歯の尖端を削って、平らにする習慣がありました。

また一八O度反対の思考文化から、アフリカ・東南アジア・南北アメリカにおいては、尖った犬歯を強調するために前歯を抜く習慣がありました。

あるいは歯にやすりをかけて尖らせる方法で、口元を威嚇的な野獣のように加工することも行われていました。

しかし現在は、交通手段が格段に便利になったり、テレビ等で簡単に情報が得られることにより、その地方固有の風習は薄れてしまい、「近代化」の名のもとに画一的な西欧化が進みつつあります。

そして今や、微笑んだときに見られるきれいに並んだ白い歯は、世界各国どこでも共通の憧れとなっています。